年を取ると増えてくる物忘れ。
一般的に原因として多くの場面で挙げられるのが「加齢」です。
しかし、加齢だけが原因であるのなら同じ年齢の人同士であれば同程度の物忘れが表れてこなければいけません。
ということは物忘れの原因になるのは「加齢」ではなく他の要素が影響しているということが考えられます。
そもそも物忘れの原因が加齢と言われるのは、物忘れが増えていくことについてハッキリとこれが原因ということが分かりづらいからで、それでも年を取ると物忘れが増えていくという傾向が多いことだけは確実だからでしょう。
加齢が原因とだけ聞くと誰でも年を取ると物忘れが必ず増えてしまうような印象を持ってしまいますよね。
もちろん年を取ると物忘れが増えるリスクが大きくなるというのは事実です。
しかし、認知症ではない物忘れが増える本当の原因は年を取るということではなく、脳の老化とも言える変化が脳内に起こることなのです。
物忘れが増えてしまう脳の中に起こる変化
物忘れが増える原因として脳の中に起こる変化とは次の2点です。
- シナプスが壊れる
- 脳の神経細胞が壊れる
シナプスってよく聞くけど何のこと?
脳の神経細胞が壊れるとどうして記憶が悪くなるの?
といった疑問についてできるだけ分かりやすく解説していこうと思います。
シナプスって何?記憶との関係は?
シナプスと聞くと何だか難しく感じてしまうかもしれませんが、なるべく簡単に説明してみようと思います。
脳のなかには神経細胞と言われる細胞がたくさんあります。
記憶は神経細胞と神経細胞を電気信号で伝わって意識に表れてきます。
バケツリレーをイメージしてみてください。
この時人が何人も並んでいますが、手と手は繋がっていません。
実は神経細胞も同じように、神経細胞同士は繋がっていません。
つまり、脳のなかの細胞と細胞には間が空いているということになります。
この間の部分の、バケツリレーで言えば人と人の間の空間をシナプスと言います。
そして、神経伝達物質というものが神経細胞から神経細胞に伝わって(バケツリレーで言えば水が入ったバケツ)、記憶が呼び起され意識として表れてきます。
シナプスが壊れるとどうなる?
シナプスは脳内での情報伝達の要ですので、思い出すという行為のために非常に重要です。
神経細胞はシナプスをたくさん持っていて、情報を渡す相手がたくさんいます。
一つのシナプスが何らかの理由で壊れてしまうと、神経細胞は他のシナプスを使わなければいけません。
最短距離でなかったりそれまで使ったことが無かった経路のシナプスを通らねばならず、記憶は回り道をしなければいけなくなってしまいます。
そうして、なかなか思い出せなくなるという状況が出てきてしまうのです。
つまり、シナプスが減れば減るほど本来辿られるべき記憶の道が減ってしまい、思い出すことが難しくなってきます。
シナプスを通過する電気信号がなくることで使われなくなったシナプスは減ってしまいます。
電気信号がなくなるというのは、一言で言えば脳を使わないということです。
考えたり動いたりという積極的な行動が少ないことが脳を使わないということとなり、シナプスの形成と維持に悪い影響を及ぼしてしまいます。
ボーっとしているよりも脳を積極的に使うことで脳に刺激が伝わるので、シナプスの維持に繋がると言われています。
年を取っても積極的に考え行動できる人に物忘れが少ないのはこのような理由があるのです。
脳の神経細胞が壊れることによる影響は?
神経細胞は1個当たり10個から多いと3万個にもなるシナプスを持っているとされます。
つまり、神経細胞が壊れるということは、ものすごい数のシナプスも減ってしまうということになります。
神経細胞が壊れれば壊れるほどシナプスが天文学的に減少してしまうので、記憶が悪くなってしまいます。
脳を使わないことによるシナプスの減少とは違い、病気などで神経細胞が壊れる事態を招くと物忘れが急増する恐れがあります。
というのも病気などによる神経細胞の破壊は、数個の神経細胞が壊れるのではなく、一度に相当数が壊れてしまうからです。
統計的に見ると年齢が上がるにつれて神経細胞が壊れるリスクは増大してしまいます。
物忘れの原因は加齢と言われますが、体の中で起こっているのはシナプスと神経細胞の減少だったのです。
脳の神経細胞が壊れるのはなぜ?
神経細胞が壊れてしまうのは、虚血性変化と脳梗塞が主な要因です。
虚血性変化
虚血とは、血管の狭窄や閉塞、つまり血管が狭くなったり塞がったりすることによって血流の減少や途切れが起こってしまった状態です。
虚血性変化とは虚血という血流が少なくなったり無くなったりしたことによって起こった変化で、脳においては大脳白質病変とも呼ばれます。
虚血によって神経細胞に酸素と栄養が届かなくなってしまい、神経細胞が死に壊れてしまいます。
大脳白質病変は脳のMRI画像を撮った時に小さくて白い部分がポツポツと映し出されることで明らかになります。
画像に映し出される大脳白質病変の白い部分は脳細胞が死滅した状態です。
脳梗塞
次に脳梗塞ですが、物忘れの原因となる脳梗塞は細い血管に血栓が詰まり神経細胞まで血流が届かなくなった状態です。
細い血管に起こり脳梗塞の範囲が狭く小さいため微小脳梗塞と呼ばれたり、明らかな症状が見えにくいことから隠れ脳梗塞などと呼ばれます。
大脳白質病変と同様に、脳梗塞が起こると脳の神経細胞が死滅してしまいます。
血管の狭窄や閉塞によって起こるのが大脳白質病変、血栓によって起こるのが脳梗塞です。
年齢とともに増える大脳白質病変と脳梗塞
虚血性変化である大脳白質病変と脳梗塞の範囲が広く大きかったり、場所が増えたりすると、物忘れが増えていってしまいます。
大脳白質病変、脳梗塞 → 神経細胞の破壊 → 物忘れの増加
山形大学医学部生命情報内科が行った研究によると、大脳白質病変は61歳の43.2%、70歳の85%に見られたとあります。
参考文献寒河江市脳卒中予防検診|山形大学医学部
http://www.id.yamagata-u.ac.jp/coe/pdf/P004-021.pdf
脳梗塞については、とまこまい脳神経外科で受診した907人の脳ドックのMRI診断によると、無症候性脳梗塞が50代でおよそ5人に1人、60代でおよそ3人に1人、70代になると2人に1人以上に見られたとあります。
参考文献脳ドックレポート2007|とまこまい脳神経外科
http://tomanouge.jp/dock/report_2007.html
年齢が上がるとともに発症率が上昇してしまうのが大脳白質病変と脳梗塞なのです。
大脳白質病変と脳梗塞はどうして起こるの?
大脳白質病変が引き起こされる大きな原因は、血管が狭くなってしまうこと、つまり動脈硬化の進行が考えられています。
富士脳障害研究所付属病院の脳ドック受診者1178名の診断の解析においても、大脳白質病変は動脈硬化の影響が大きいとしています。
参考文献『日本人における大脳白質病変の老年症候群に及ぼす作用と危険因子の解明に関する研究』
-富士脳障害研究所付属病院の脳ドック受診者1178名の解析
(主任研究者 櫻井孝 国立長寿医療研究センター もの忘れセンター長)
http://www.ncgg.go.jp/ncgg-kenkyu/documents/25/25xx-06.pdf
血管の内側にコレステロールなどのプラークが貯まり血管を狭くしてしまう動脈硬化が進むと、血流が悪くなってしまい神経細胞まで酸素と栄養が届かなくなってしまいます。
同じ年齢でも物忘れに差がある理由
小さな脳梗塞は細い血管で起こりますが、細い血管まで流れてきた血栓と呼ばれるかたまりが塞いでしまうことで、神経細胞まで酸素と栄養が届かなくなってしまいます。
血栓が作られてしまう原因は、血流が悪くなってしまうことですが、こちらも主に動脈硬化が血流を悪くする要因とされています。
同じ年齢でも物忘れが多いのは動脈硬化が進行し、脳の中で大脳白質病変や脳梗塞などが起こっていることが考えられます。
このことが人によって物忘れに差がある大きな理由なのです。
大脳白質病変と脳梗塞による物忘れは、状態が悪くなっていくと血管性認知症と診断されます。
動脈硬化を進行させないことが物忘れの予防と進行防止の鍵
物忘れの主な原因となることをまとめますと以下のようになります。
積極的な考え、行動の減少 → 脳への刺激の減少 → (病的でない)シナプスの減少 → 物忘れの増加
動脈硬化の進行 → 大脳白質病変、脳梗塞の発症 → 脳の神経細胞の破壊(シナプスの大量減少) → 物忘れの急増
物忘れが急に増えたと感じたら早急に病院へ
このように年齢とともに物忘れが増えるのは年齢そのものが原因ではありません。
シナプスの減少と神経細胞の死滅が原因です。
もし気になるほど物忘れが急に増えた場合は、大脳白質病変や脳梗塞が広い範囲で発症している可能性が考えられますので、早急に神経内科などで検査をした方が良いでしょう。
放っておくと脳血管性の認知症などの重篤な病気を発症する恐れがあるからです。
薬などで進行を防止しながら、血流と体質の改善に取り組むことが必要です。
趣味などの積極的な行動とともに良い生活習慣を
普段の行動が積極的でなくなり脳への刺激が少なくなることでシナプスが減少すること、動脈硬化が早く進んでしまうことで神経細胞へ悪影響を及ぼすことによって、物忘れが増えてくる可能性が高まってしまいます。
それとは反対に、趣味に熱心で行動が活発、そして動脈硬化の進行が遅い人は、同じ年齢の人よりも物忘れが少ないでしょうし、血管の状態が良く全身に栄養がしっかりと行き届いていることから若々しさもあるでしょう。
脳に良い積極的な行動も、動脈硬化の進行を遅くさせることも、どちらも物忘れが増えないためには重要です。
血管の健康を考え動脈硬化を進行させない生活を送るように取り組むと、それだけでも健康に対して積極的な行動をすることになりますので、同時に脳へ良い刺激を与えることにもなります。
血管の状態を良くして物忘れも認知症も予防を
血管の老化である動脈硬化は、運動と食事で取る栄養バランスなどの生活習慣が重要です。
つまり、努力次第で動脈硬化は進行の防止、さらに改善することができ物忘れを予防することができるのです。
さらに、物忘れが多くなってきている人の場合では、血管の状態を良くすることで物忘れの進行の防止、改善まで可能になると考えられています。
ひいては、認知症を予防することにも繋がっていくでしょう。